初1軍で3安打1本塁打を記録した、巨人・平山 功太選手とはどのような選手なのか

◆オープン戦 巨人8―1日本ハム(15日・東京ドーム)

 巨人の育成・平山功太内野手(21)が1軍昇格で即「1番・中堅」で先発出場し、今季チーム1号を含む5打数3安打2打点の大暴れ。阿部監督は「こうやってぶっつけでね、いきなり結果を出したのでね。残してチャンスを与えようかなと思います」と引き続き、1軍に帯同させることを明言した。

 平山は23年育成ドラフト7位で巨人入りした右の大砲候補。3回には左中間への当たりで一気に三塁を陥れるなど、俊足も兼ねた大型外野手だ。「打席の見送り方だったりとかもいいですしね。すばらしいキャンプをやってきた成果がね、ましてや1軍でね、いきなり出して(結果が)出るんですからね。すばらしい準備をしてきたんだなというのは思いますね」と指揮官。内野手登録ではあるが、現在の主戦場は外野。激戦の定位置争いに、新風を吹かせる存在となるか。

【巨人】阿部監督、1番抜てきでチーム1号の育成・平山功太に「残してチャンスを与えようかなと思います」1軍継続を明言 – スポーツ報知

 

【平山選手について】


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185センチ82キロ 右投げ右打ち

経歴:瀬戸内高ー環太平洋大(中退)ー千葉SK

 

 柳田選手を目標とするフルスイングと高い身体能力が武器の右打ち外野手。環太平洋大に進みレギュラーを掴むも、大学チームの空気に合わず退団。その後千葉SKに入団し1年目から外野手としてレギュラー起用されると、3割越えの成績を残しリーグMVPに選ばれました。

 入団テスト合格者で、体格の良さだけでなく足の速さと馬力と素材面を高く評価され、独立リーグ1年目ながら育成7位で指名されました。

【千葉スカイセイラーズとは】

 千葉スカイセイラーズは23年にYKSホワイトキングスと2球団でベイサイドリーグを運営。しかしホワイトキングスとの不和もあり、その年に活動を休止。BCリーグへの編入に移行しました。

 その間はどのリーグにも所属しなかったため、巨人や西武、大学野球などと練習試合を組むことで実践機会を得たものの、公式戦を組めないため試合自体が限られてしまい、26年現在平山選手がNPBドラフト指名を受けた唯一の選手となっています。

 

 ですが25年にBCリーグへの加入が認められ、26年より千葉も含めた9球団で戦いあう形式となりました。

【1~2年目の軌跡】

 巨人入団1年目は3軍をメインに出場。春先は本職であるライトやセンターで起用されていましたが、夏ごろにはサードにも挑戦。これは担当スカウトが平山選手が中学時代内野手としてプレーしていたため、将来的には内野にも挑戦してほしいとも語っており、内野もこなせると現場の判断で出場機会を増やすため転向しました。

 そしてサードも危なげなくこなしており、1年目は3軍出場にとどまったものの、55試合で180打数56安打6本塁打で打率.317と十分な結果を残しました。駒田前3軍監督も育成の中で最も可能性のある選手に挙げており、首脳陣からもその能力の高さを評価されていました。

 

 しかし故障が多くリハビリ班⇔3軍の往来が多くなってしまい、2年目も2軍出場はわずか2試合3打席にとどまってしまいました。能力の高さを買われ、25年オフに沖縄WLに派遣。そこでは持ち前の打撃を発揮し、打率.438に3本塁打と圧倒的な成績を残しました。さらに打撃だけでなく守備ではショートを守る場面もあり、守備的性の高さも披露しました。

 その後オープン戦では1軍打撃のてこ入れとして、石井2軍監督の推薦選手として15日の日ハム戦から1軍合流。1番センターで起用されると、5打数3安打1本塁打2打点と大活躍し、1軍帯同が明言されました。

 

【今後の課題は】

 本人も課題にあげた調子の波と故障の多さ。特に怪我の多さが致命的で、怪我さえなければ広い守備範囲もあり、三塚選手より先に支配下の可能性があった選手です。特に肉離れ癖を持っており、この点は駒田監督からも指摘を受けていました。

 もし1番バッターで起用するとなれば、打撃だけでなくチャンスを広げるために走塁も求められます。肉離れは急激な動きで発生しやすい怪我で、野球では特に盗塁時や走塁時に急ブレーキをかけた際に発生しています。

 

 もし1番バッターで起用となれば盗塁を求められるため故障のリスクが増える選手。打撃でアピールしても単打が多くなれば阿部監督からも走塁を求められてしまうため、持ち前のパンチ力で打点を稼ぎ5~7番で起用される選手になれなければ、安定して戦力としては数えづらい選手になってしまいます。

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